「新しいことを始めれば、きっと町が変わる——本当に?」「そろそろ、うちの町でも何か新しいことを仕掛けたいんです」「成功事例を真似して、イルミネーションのイベントをやろうかと」「今流行りの飲食横丁を駅前に作れば、人が集まるのでは?」——そんなご相談を、私たちは経験してきました。きっかけは純粋な思いです。もっとこの町を元気にしたい今より少しでも賑わいを取り戻したい地域に新しい楽しみや文化を作りたいその熱意は、素晴らしいものです。しかし、その一方で、あと少しの視点の違いが、せっかくの企画を「一度きりの話題」で終わらせてしまうことも少なくありません。うまくいかなかった時、こんな声が聞こえてきます。「どうして思ったほど人が集まらなかったんだろう?」「準備も告知もがんばったのに、なぜリピーターが増えないのだろう?」「この町には高齢者が多いからなのかな…」でも、その理由は決して「あなたのやり方が悪かったから」でも「町の人が新しいものに冷たいから」でもありません。そこには、“見落とされがちな前提”があるのです。それは——「人は知らない習慣にはなかなか足を運ばない」という、誰にでも備わっている自然な心理。新しいイベントやサービスを生み出す時、つい「目新しさ」や「話題性」に注目しがちです。けれど実はその成否を大きく左右しているのは、その地域に住む人々の“過去の経験や習慣”。言い換えれば、その町に“文脈”があるかどうかが、すべてのはじまりなのです。新しい習慣、本当に根付くでしょうか?なぜ、良さそうな取り組みが失敗してしまうのか?なぜ、あれほど盛り上がったはずのイベントが、翌年は閑散としてしまうのか?なぜ、「これは絶対ウケる」と思った新サービスが、まったく使われないのか?地域活性化の現場では、こうした「想定外の結果」に直面することがよくあります。しかもその理由は、予算や告知不足などの目に見える原因ではないことが多いのです。本当の要因はもっと静かで、もっと深いところにあります。それは——「文脈」という、普段は意識されない“見えない力”です。文脈とは、その地域の人たちが日々どんな選択をしてきたか、どんな場面で何を経験してきたか——つまり、過去の経験や習慣がつくり出す“行動の背景”のこと。たとえば、ある町でイルミネーションイベントが大成功していたとしても、その町の人たちがもともと「家族で夜に出かける文化」があったかもしれない。「冬の散策を楽しむ習慣」が根付いていたのかも。——そうした文脈がない地域で同じことを仕掛けても、同様の成果は得られないことが多いのです。なぜなら、人は“慣れた行動パターン”に大きく影響を受けて動いているから。私たちが思う以上に、「今までにやったことがあるか」「その行動が自分の日常にどう位置づけられるか」は、選択の大きなトリガーになっています。言い換えれば、新しい文化やサービス、イベントを根付かせるには「文脈」という扉を開ける鍵が必要なのです。この鍵が見つかっていない状態で、いくら目新しさや話題性を押し出しても、人々の行動はなかなか変わりません。なぜ“良さそうな企画”が根付かないのか?ここまで読んできて、「やっぱり文脈ってそんなに大事なのか」と思われた方もいるかもしれません。けれど多くの企画会議の現場では、この“文脈の壁”が驚くほど見落とされがちです。なぜなら——それは目に見えないから。「立派な企画書」や「話題性のあるイベント名」では見えてこない、人々の行動の奥深くにある“見えないルール”がそこには存在しているのです。ここからは、私たちが地域活性化や新店舗企画の現場で見てきた、“うまくいかなかった原因”に潜む構造と、よくある勘違いを3つの視点から整理してみましょう。原因①:「過去の経験や習慣」が行動を決めている私たちは「新しいものは歓迎されるはずだ」と、つい考えてしまいます。でも、行動科学の研究は違うことを教えてくれています。実は売上の約半分(46.8%)は「過去の利用経験や購買習慣」に左右されているのです。つまり——人は新しいものに飛びつくより、過去と同じ行動を繰り返す傾向がとても強いのです。これは悪い意味ではありません。むしろ私たちの生活を安定させ、選択の負荷を減らす知恵でもあるのです。だからこそ、新しいイベントや文化、サービスを打ち出す時、「良いものだから使ってもらえる」「一度知ってもらえば自然と広まる」と考えてしまうのは危険です。習慣を乗り越えるには、かなりの時間とコストが必要。その覚悟がないと、思わぬ苦戦を強いられてしまいます。原因②:「他地域の成功事例」がそのまま通用すると思い込んでいる「◯◯市のイルミネーションが大成功した」「△△駅前の飲食横丁が大人気」「□□町のフードフェスが毎年盛り上がっている」——このような事例を見ると、つい「うちの地域でもやれば成功するのでは?」と思ってしまいます。けれど、ここにも落とし穴があります。成功した地域には、その文化を受け入れる土壌(文脈)がすでにあったケースがほとんどです。・イルミネーションが街の冬の風物詩として長年親しまれていた・駅前が夜に人が集まるエリアとして認識されていた・「食べ歩き」「外食を楽しむ」文化が根付いていたこうした「過去の経験や習慣」があるからこそ、新しい取り組みが“新しすぎない”ものとして受け入れられたのです。もしそれがない地域で同じものをやっても、人々はそもそもその行動を“自分ごと”としてイメージできないため、足が向きません。私たちがイルミネーションのマーケティングを担当した際も痛感しました。「前例がない=メディアも取り上げづらい」「消費者も期待値が分からず動きにくい」という壁に直面したのです。成功事例は「うちにも合うのか?」を冷静に見極める視点が欠かせません。原因③:「文脈設定」の重要性が理解されていない「新しい習慣を作ろう」「ムーブメントを起こそう」——この言葉は響きが良く、企画会議でもよく聞かれます。けれど実際は、新しい習慣を根付かせるのは極めて難しいこと。時間もコストも、多大なものがかかります。STC(Setting The Context)という考え方があります。これは「自分たちの便益を有利にする文脈をセットする」こと。新しいものをそのまま押し出すのではなく、既存の文脈に自然と乗せていくことが重要なのです。たとえば:価値を高めるシーンを設定する→ 地域の「夜の散歩文化」を活かしてイルミネーションを提案する消費者のインサイトを衝く→ 「子どもとの冬の思い出づくり」の文脈に結びつける消費者の“眼鏡(=期待値)”を変える→ 「冬の町並みがもっと好きになる」という価値を新たに提示するこのように既存の経験や期待を活かしながら「自然な選択肢」として見せていく工夫がないと、人はなかなか行動を変えてくれません。逆に言えば、文脈さえきちんとセットできれば、「これはうちの町らしい」「参加してみようかな」という心理が生まれ、少しずつ行動変容が起きていくのです。airが経験した「認知の壁」——文脈を理解しても、まだ越えなければならないものがある文脈の重要性に気づき、地域の文化や習慣を丁寧に読み解いて企画を作り込んでも、実はもう一つ大きな壁が存在します。それが——「認知の壁」です。私たちairがイルミネーションイベントのマーケティングを担当したときも、まさにこの壁に直面しました。今回の地域は「イルミネーションに行く」という文化が比較的根付いているエリア。近隣の大型施設ではイルミネーションが毎年開催されており、行動の文脈は存在していたのです。では、その文脈があればすぐに人が集まったのか?——答えはNOでした。なぜなら、「行く」という文化がある場所でも、「あなたのイベントが存在する」ことをまず知ってもらうのは別の話だからです。私たちが直面したのは、こんな現実でした前例がない新規イベントは、メディアが簡単には取り上げてくれない→ 認知の獲得がほぼ広告費頼みになり、相当なコストが必要だった。メディアは「すでに人気があるもの」を優先的に扱う→ イベントが話題になるまで取り上げられないため、最初の集客が非常に苦しい。消費者側にも「期待値」がまだ形成されていない→ 他県で有名なイベントでも、地元では「知らない新しいイベント」に過ぎない。知名度がゼロからのスタートになる。競合は“知っていて行き慣れている場所”→ たとえばJRやハウステンボスといった、すでに認知と信頼がセットになった競合と戦うことになる。→ 消費者の頭の中には「今年もあそこに行こう」という強固な選択肢が存在している。そして何より、私たちが痛感したのは、「文脈がある=簡単に集客できる」わけではないという現実です。お金の話をしますが、イベントの開催には数千万円規模の初期費用がかかり、広告費も数ヶ月で数百万円必要になります。大きな投資が必要になります。文脈を理解した上でも、「認知をどう獲得するか」には慎重な設計と粘り強い投資が求められます。そこを甘く見積もると、企画そのものは良かったのに「知られないまま終わってしまう」「投資の回収ができない」という結果になりかねないのです。この経験は、私たちにとって大きな学びになりました。企画は“地域に根ざした習慣”から生まれる。ここまで読んで、「新しいことをやる難しさ」と「文脈の力の大きさ」を感じていただけたのではないでしょうか。でも、それは「だから何もできない」という話ではありません。むしろ、地域の中にある“すでに存在している文脈”や“使える資源”に目を向けることで、十分に新しい価値を生み出していくことができるのです。私たちairが、地域活性化や町おこし、新店舗の企画に関わる際に大切にしているのは、派手なアイデアよりも「続けられる仕組み」を作ること。そのための視点として、次の3つのヒントをお伝えします。ヒント①:地域の「資源」と「文化」を見る何か新しいことを仕掛けようとすると、つい「他の地域で成功した事例」に目が行きがちです。でも、それより大切なのは、自分たちの地域にすでにある“資源”と“文化”を丁寧に見ること。たとえば:受け継がれてきたお祭りや風習地域で親しまれている食や音楽昔から使われてきた場所や道家族やコミュニティの集まり方こうした地域にすでに根付いている要素の中に、新しい企画と接続できる「入り口」がきっとあります。私たちはこれをSTC(Setting The Context)の視点で見ています。つまり、「この地域の人たちが“どういう場面・気分・目的”でこの体験を自然に選びたくなるか?」という文脈を意識して設計するのです。新しさは、すでに親しまれているものの延長線上にこそ馴染みやすく育っていきます。ヒント②:「経験の継承」を意識する「ゼロから文化を作ろう」これはとても難易度の高いチャレンジです。私たちairは、地域の“経験の継承”を意識する方が、ずっと自然で持続可能だと考えています。たとえば:昔行われていた催しの「雰囲気」を現代の形で再現する祖父母世代が楽しんでいた場所を「今の家族向け」にリデザインする商店街の“顔なじみ”の文化を新しい顧客体験に組み込む人は「まったく新しいもの」には慎重になりますが、どこか懐かしさや親しみを感じるものには自然と心を開きやすいものです。過去の地域の体験や記憶に接続できる要素を組み込むことで、新しい取り組みが「地域らしいもの」として受け入れられやすくなります。ヒント③:「新習慣作り」は長期戦と心得るもし新しい習慣や文化を育てたいなら、5年〜10年スパンで考えることが欠かせません。一度のイベント、一度のキャンペーンで「定着させる」のはほぼ不可能です。焦らず、小さな成功体験を積み重ねていく設計が必要になります。たとえば:1年目は「まず知ってもらう」→ 地域の中で存在を認知してもらうことを最優先に。2年目は「体験してもらう」→ 初回参加のハードルを下げて「来てよかった」の体験を作る。3年目以降は「新規利用者を増やす」→ 毎年楽しみにされる行事や習慣として定着させていく。このように段階的な設計を意識することで、無理なく地域の文脈に馴染んでいく取り組みに育てていくことを推奨しています。地域には、まだまだ活かせる文脈や資源が眠っていると信じています。それに気づき、そっと繋げていく視点が、これからの企画には欠かせないのです。「いまある文脈」に、何が乗せられそうですか?ここまで読んできて、あなたの地域や企画の中にも、「すでに存在している文脈」や「活かせる資源」が思い浮かんだのではないでしょうか。新しい取り組みは、ゼロから作るものではなく、すでに地域に流れている“文脈”と繋げていくものです。ぜひ、次のような問いかけを自分にしてみてください。この地域で、昔から親しまれている習慣や体験は何だろう?その中に、自分たちの企画と自然に繋がる入り口はあるだろうか?5年後、10年後の地域の風景に、この取り組みはどう溶け込んでいると理想的だろう?そして、もし今すぐ完璧な答えが見つからなくても大丈夫です。文脈を見つけて育てていくのは、時間のかかること。小さな一歩から、少しずつ地域と対話を重ねていけば良いのです。私たちairは、そのプロセスを一緒に考え、一緒に歩んでいくパートナーでありたいと考えています。「正解を押しつける」のではなく、「続けられる正解」を一緒に見つけていく——そのスタンスを大切にしています。